な利害意識と一致する時、利害[#「利害」に傍点]はそのまま理論的真偽[#「真偽」に傍点]関係に合致するのである。社会科学の真理はこういう事情を伴っているのだ。
 社会科学も亦、客観的な歴史的社会的存在の、客観性を持った反映なのだから、自然科学の場合と同じく、矢張り自分自身、独自な科学としての自律性を有っている。そこから社会科学の超イデオロギー性や客観的公正・中立性などが推定される。無論夫でいいのであって、公正でなく主観的で偏頗なものなどは、元来科学ではあり得ない。処がこの客観的で公正で中立で超イデオロギー的・超階級的であることが、実はそのまま階級的対立[#「対立」に傍点]を意味しているのである。と云うのは、対立した二つの科学的理論が、夫々同じく客観的で公正で中道を行くもので階級主観の利害などに従って利害関係の認識を歪めたりはしてはいない、積りでいるのである。――社会科学のこの階級性の故に、今日一般にプロレタリア的社会科学は、云うまでもなくブルジョア政治権力によって検閲[#「検閲」に傍点]や統制[#「統制」に傍点]の外部的な(之こそ外部的な)露骨な干渉を受けねばならない*。このような露骨
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