家財政は、自然科学の自然科学としての発達に実質的な援助を与える程の余裕をもはや残さないようにさえ見える。――だがこの現象は決して日本にだけ特有な偶然な事情ではない。之は世界の一切の資本主義国が、多かれ少なかれ採用しなければならぬ共通のコースに他ならない。ただ日本の場合、それが極めて特徴的であるに過ぎないのである(ナチ・ドイツのユダヤ人排撃による多数の有能な自然科学者の追放などは、論外としてだが)。――処で一方、レーニン等によれば、ソヴェート権力[#「権力」に傍点]は全国電化[#「電化」に傍点]と結合して初めて現実的な意味を得るのだった。ここでは政権と自然科学とは別なものではないようにさえ見える。
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* 岩崎による理化学研究所、塩見による塩見研究所などが、その少数の例に過ぎない。そして之とても、少なくとも前者は、欧州大戦当時に於ける軍国産業奨励をその設立の動機にしていることは注目すべきだ。
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 次に、社会の観念層=イデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]と自然科学との関係となる。自然科学はそれ自身一つのイデオロギーである
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