理的規定と独立であってはならない筈だ。科学のイデオロギー性とは実は、科学的認識の社会的条件が、如何に科学的認識の論理的構成に反映するかということを、物語る言葉でなくてはならぬ。――では、科学のこの社会的規定・イデオロギー性は、どういう姿で現われるか。
 人間の歴史的社会は、後に説明するように、史的唯物論に従えば、その現実的な根柢を生産力[#「生産力」に傍点]に持っている。生産力は労働力と労働手段と労働対象とからなっているが、一般にイデオロギーは、まず第一にこの生産力によって最も基柢的な限定を受ける*。人間の物質的生産活動がその人間の物の考え方を規定するということは、見易い道理であるが、それが特に一定社会の一定時代の人間大衆についてであれば、この点益々顕著になる。だが今、生産力が特にそれの持つ技術的[#「技術的」に傍点]な側面を通して、イデオロギー一般を規定するものだという点を、注目しなければならない。
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* イデオロギーという言葉の意味に就いては、私は至る処で説明してきた(前を見よ)。それは第一に社会に於ける上部構造[#「上部構造」に傍点]とし
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