齔リの科学が同様な仕方に於て実験という研究手段=操作を用いている、ということにはならぬ。もしそうでなかったら、例えば実験心理学とか実験動物学とか等々という言葉ほど無意味なものはなくなって了うだろう。実験的でない科学はなかったのだからだ。思うにこの実験心理学その他は、実験という研究手段[#「手段」に傍点]を用いる限りの心理学その他を意味する。――但しそういうことは又、すぐ様、それが実験的方法[#「方法」に傍点]を用いるということにはならぬのだが。
処で自然科学的方法に於ける実験的操作の役割が有つ重大さに就いては、もはや説明の余地はないだろう。問題は社会科学に於ける夫なのである。――普通社会科学に於ては実験という操作は全く不可能だと考えられている。だがこの見解には少くとも異論を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]むことが出来るのである。現にF・シミアンなどは、実験的操作の意味を極めて広く理解している。単に事物や観念を分離・蒸溜・抽象化する機能を実験だと考え、自然科学ではこの操作が物質的であるのに、社会科学では夫が単に観念的であるという相違しかないのだ、
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