T点]が方法となると考えた点は訂正しなければならぬ。――後を見よ。
[#ここで字下げ終わり]
所謂形式論理学は従来、科学の研究方法=研究様式を与えるものだと考えられて来ている。だが之は実は必ずしも当ってはいなかった。第一それは研究のオルガノン(用具)即ち研究手段[#「手段」に傍点]=操作を与えるものをしか意味していなかった。事実単にこのオルガノンだけで出来上る研究は、アリストテレス自身に於ても存在しなかったので、他の何等かの統一的な研究様式の下にこの用具を用いて初めて、科学的研究が出来たのだった。ベーコンの新しいオルガノンに就いても、実際はこの点に就いて異るものはないので、帰納を研究様式とするような科学があったとすれば、それは恐らく当時のガリレイの物理学の水準を遙かに下回っていたものに相違なかっただろう。で所謂演繹[#「演繹」に傍点]も帰納[#「帰納」に傍点]も、実は研究様式ではなくて研究手段[#「手段」に傍点]に他ならなかった。
演繹と帰納とは併し、まだ形式的[#「形式的」に傍点]な研究手段に過ぎない。全く之は、形式[#「形式」に傍点]論理学の内容に相応わしい内容をしか有たない
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