nな原則[#「原則」に傍点]であり、社会に於ける大衆乃至無産者が最も切実に受け取る経験的認識からの結論に他ならない。――処でこの原則に対する懐疑や或いは寧ろ決定的な攻撃や否定が、矢張り又何等か之に対立した科学的原則として現われるかと思うと、そうではなしに、夫はガリレイを前にした法皇の権威を以てしか現われないのが常だ。之は注目すべき興味のある事実である。――蓋しブルジョア社会科学の殆んど凡てのものは、甚だしいのになると何等の法則乃至公式を発見することが出来ず、或いは法則を原則にまで高めることが出来ない。だからその方法たるものも、原則とは何等関係のないもので、仮設の資格をさえ持つ理由を失った「主観的」な態度[#「態度」に傍点]に帰せられ勝ちであったのだ。
 以上は一般に科学に於ける方法なるものの単なる輪郭に就いて、述べたのだが、併し方法はもっと実質的な諸内容を有っている。最後に、云わば方法の実体とでもいうべきものが残っているのである。自然科学と社会科学とに就いて、之をその共通性と特異性とに従って、述べねばならぬ*。
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* 以上に就いては拙稿「社会科
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