Xの人間の経験として是認され尊重されて通用し得るような、経験であるためには、実は単なる[#「単なる」に傍点]経験に止まることが出来ないのである。なぜなら、もし単なる[#「単なる」に傍点]経験に止まるなら、即ち個人々々の経験であってそれ以上の価値を生まないことをその本来の面目とするものならば、夫は全く経験主義[#「経験主義」に傍点]的な而も(当然そうなるが)独我論[#「独我論」に傍点]的な意味に於ける経験でしかあり得ない。個人Aの経験は単にAにとってだけ信用されるのであって、仮に個人Bが之と同じ経験を有ったと号するにしても、経験Aと経験Bとが同じであるかないかは判定の由がない。否、凡そ一致する経験というものはどこにもあってはならない筈だろう。処が事実はそうではなくて、経験は人間社会に於て最も信頼されている処の認識の出発点なのである。単に銘々の個人が自分の固有な経験を独我的に信頼するだけではなく、社会が銘々の個人の固有な経験を信用しているのである。して見ると、経験は個人が経験したということ以外に、個人がやがて経験するだろう処の、そして更に社会の人間が多分経験しただろう又経験しているだろう又
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