ヘ可能なのである。――ユートピア的社会主義(プラトンに始まりプルードンに終り、そして今日でもファシストの或る者や「新しい村」などに生き残っている処の)は、必ずしも科学(?)とは云えないが、云うまでもなくこの倫理主義にぞくする(倫理主義に就いては、前掲コーン『プロレタリア経済学の方法論』参照)。
** L・ヴァルラス、V・パレート等の経済的諸項の均衡理論――それが数学的方程式によって云い表わされるとする。中山伊知郎『数理経済学方法論』(改造社版・『経済学全集』第五巻)、及びA・クルノー『富の理論の数学的原理に関する研究』(中山訳)を見よ。
[#ここで字下げ終わり]
かくてブルジョア社会科学は全体として、その論理=範疇組織に於て、即ち最も根本的な意味に於けるその方法[#「方法」に傍点]に於て、プロレタリア社会科学に対立する(矛盾し又は接触を回避する)ことをば、寧ろその唯一の認識目的とさえしている、と云ってもよい位いなのである。――二つの社会科学の方法が、その建前[#「建前」に傍点]から云って全く異らざるを得ない所以である。
史的唯物論に就いては、後に一纏めに述べよう。今はさし当り、社
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