泣激塔_ー・アードラー・等)の方法も亦これにぞくする。だが社会的現実を倫理的な個人意志の連関関係にまで、抽象・還元・形式化す点に於て、之は倫理主義[#「倫理主義」に傍点]の形態を取る種類のものである*。又特殊の形式主義化を意識的に方法として採用するものは、数理経済学などだろう**。――処が形式主義としての観念論は、更に、一方に於て非歴史主義[#「非歴史主義」に傍点]に、他方に於て機械主義[#「機械主義」に傍点]に、帰着する。即ち第四に、この範疇組織は、実は云わば反弁証法主義[#「反弁証法主義」に傍点]に他ならなかった。古典的正統派経済学の方法は、非歴史的方法の特徴的な場合であった。併し例えば生産力と権力、階級と国家、などを同一平面に於て並置してその理論を出発させる処の、今日の各種の(専門的乃至デマゴギー的)ブルジョア社会理論が、凡て機械主義的範疇組織の最も複雑な狡猾な使用法を意味していることも亦、忘れられてはならない。
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* 倫理主義は一面歴史理論に於ける目的論に関係している。だから形式主義からではなくて却って歴史学派の立場からさえも、倫理主義
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