F識関係が(夫は模写とそれに基く構成とであった)、今云ったこの統一関係をば、嫌やでも強調せねばならないように仕向けるからである。弁証法と云い唯物論と云い(尤も両者は終局に於て一つのものに帰着する)、実在と認識との本来的な関係を強調するものの他のものではなかったからだ。
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* マルクス主義的社会科学の方法をそれ自体として[#「それ自体として」に傍点]取り出したものは、何よりもマルクス『経済学批判』序説(河上・宮川訳)である。と云うのは、『資本論』を初めとして、マルクス・エンゲルス・レーニン・其の他の基本的意義のある著述や文章の一切が、いずれもこの方法を具体的[#「具体的」に傍点]に語っているのだから。――比較的方法論に重きをおいた史的唯物論の解説としてはA・コーン『プロレタリア経済学の方法論』(村田訳・叢文閣)や、アベズガウス・ドゥーコル『弁証法的経済学方法論』(岡本・稲葉・訳・白揚社)を挙げることが出来る。――なお相川春喜『歴史科学の方法論』はマルクス主義的歴史科学は「広義の」経済学と同じ対象をもつものだと主張している。マルクス主義的社会科学か
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