ナ科学の対象とは、科学そのものがみずから自分自身に与えた処の対立物のことであって、その意味で実は科学の所産[#「所産」に傍点]以外の何物でもない。――実際は恐らくレヤールな客観的な存在であるかも知れない、だが科学の対象は、観念性にぞくし主観にぞくする認識の単なる普遍通用性の担い手か何かであるに過ぎない。
だがこの実在という観念も、実は学問的な哲学的な観念であるよりも寧ろ常識的な観念なのである。吾々は之を秩序のある学的認識や何かの揚句に知るのではなくて、実在は吾々によって直観に於て直覚されるに過ぎない。尤も、少なくとも実在は吾々という認識の主観の目の前に与え[#「与え」に傍点]られていなければならない。そこではそして、すでに「所与性の範疇」という論理的[#「論理的」に傍点]想定が、哲学の立場から見れば紛れもなく横たわっている。だがそれにも拘らず、この実在の与えられ方自身は、全く単に直観的[#「直観的」に傍点]にしか過ぎず、科学的認識以前のものである、という。
処で直観なるものの内容は、いつも認識の材料・素材となる処のものである。この素材は、カントも云っているように多様[#「多様」に傍
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