サ的」に傍点]な哲学(と云うのは先験的観念論)は、こうした独断をまず第一に切り捨てなければならぬ。科学は客観的な実在自身(それはそのものとしては不可知な筈だ)に基いて考察されるべきではなくて、却って、カントと共に、主観の観念性[#「観念性」に傍点]に基く何等かの原理に沿うて、考察されなければならぬ。之が真に哲学的な(というのは批判的な)「科学論」の根本だ、ということになる。
かくて科学の分類というテーマは、リッケルトによって、完全に、科学の方法というテーマに変る。では科学のこの方法[#「方法」に傍点]と、所謂対象[#「対象」に傍点]との関係はどうか。
普通、科学の対象は実在だと考えられているので、対象と云えば実在(Wirklichkeit)のことだと思われ易いが、併し批判主義哲学にとっては、一般に認識の対象(Gegenstand)は、認識にとって[#「とって」に傍点]の対立物という意味に於て、初めて対象なのであって、認識が主観による何等かの工作であった以上、それに基くことによって初めて夫に対立出来た筈の対立物であるこの対象なるものは、之又主観による何等かの工作の結果である他はない。
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