攪_体系としては成り立ち得ないと考えられたように、一頃、歴史学は果して科学であるかどうかということが、真面目に疑問にされたこともあったのである*。こうした、諸科学一般の比較研究、そして科学の分類[#「科学の分類」に傍点]なるものが、改めて近代的な興味の中心を占めるようになって来た。之によって諸科学は、そのものとして一纏めに、哲学者や哲学者上りの理論家にとって、独自の[#「独自の」に傍点]、往々にして諸科学の実際的な実証的研究から孤立さえし兼ねない、流行の一テーマとなって来た。近代的な所謂「科学論」乃至「科学方法論」(リッケルト・コーエン・ナトルプ・ディルタイ・其の他)はここに成立したのである。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* ヘーゲル学派の右翼が神学的形而上学へ赴き、左翼が神学批判と唯物論とへ赴いたに対して、中央派は哲学史[#「哲学史」に傍点]の構成に向った。蓋しK・フィッシャーやツェラーやE・エルトマン等によれば、哲学は体系としては破産したのであって、ただ歴史[#「歴史」に傍点]としてのみ成り立つことが出来る。哲学体系をこの破産から救済しようというささやかな努力は、H
前へ
次へ
全322ページ中118ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング