経済学とドイツ古典哲学との三つの古典的源泉に基いている。之は同時に、マルクス主義が、社会主義と経済学と哲学との三契機の統一的[#「統一的」に傍点]な科学的理論であることをも示している。ここにすでに、哲学と経済学・政治学其の他の諸社会科学部門との、内部的で必然的な統一的連関が見て取れる筈であった。そしてこの科学的統一を貫くものが、唯物論の技術的範疇組織(唯物弁証法)なのである。
 唯物論という範疇組織によって、ブルジョア社会科学(乃至歴史科学)とブルジョア哲学との間のかのルーズな内部的因縁は、初めて組織的なものにまで整頓し直されるのだが、同時に之によって又、自然科学とブルジョア哲学との例の外部的な機械的対立や機械的合致が、是正される。一体なぜ自然科学と哲学とがそういう外面的な関係に置かれねばならなかったかと云えば、結局哲学に於ける範疇と云えば、自然科学の夫と全く別な世界のものだと仮定してかかっていたからなのである。だからこの考え方から行けば、逆に二つが別でない限りは、自然科学は=哲学とならざるを得ないということになる。――処が吾々の見た処によると、自然科学の特色をなしていた認識の実験性[#「実験性」に傍点]は、やがて哲学の方の範疇組織そのものの技術的[#「技術的」に傍点]特色となって現われるのであった。自然科学と哲学とは、だからこの根拠から云って、もはや外部的な対立に止まることは出来ないのであって、社会科学と哲学との連関にさして劣らず、二つは内部的な根本連関を有つこととなる。
 では一体自然科学はどこで哲学と区別されるのであるか、と問われるだろう。範疇組織に共通性がある以上、二つは結局同じものに帰着しはしないか。それならば併し、哲学は機械的に自然科学に解消されて了う他はない。だが一方に於て、哲学が一般に社会科学乃至歴史科学に対して極めて密接な関係を有っていたという事実を、ここで思い出さねばならぬ。で、もしこの哲学が自然科学に解消し得る位いなら、同じく社会乃至歴史科学にも解消して了わざるを得ない。従って社会・歴史の科学は自然の科学に解消せねばならぬということになる。これは想像も出来ないことだ。だから哲学は決して自然科学に解消しない、という結論となる。ではどういう連関と区別とがこの二つのものの間にあるのか。
 だが夫を解明することは割合簡単に出来る。歴史的社会の唯物論的把握の一つの重大特色は、云わば「社会の自然史(博物学)」を与え得るという処に存する。自然科学に於ける進化理論は「自然の自然史」(?)を与えた。マルクス主義的社会歴史理論は、之に準じて[#「準じて」に傍点]、社会の自然史を与えようというのである。併し進化論に準じて[#「準じて」に傍点]歴史的社会を検討するとは何か。夫は、歴史的社会を自然有機体や自然物からの類推[#「類推」に傍点]によって解釈することではなく(そこから各種の社会有機体説や社会ダーウィン主義が発生する*)、人間の歴史的社会を、自然(無機界から有機界への発展を入れて)を基礎とした自然からの発達として記述することなのである。ヘルダーも忘れなかったように、人類社会の歴史は少くとも地球の存在から始まるのである**。自然と歴史的社会とでは無論別な法則が支配する。だがそれにも拘らず、この二つの世界は自然史的発達の過程を介して、同一なのだ。
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* 『ダーウィン主義とマルクス主義』(松本訳)参照。
** von Herder, Ideen zur Geschichte der Menschheit――ヘルダーはカントやビュフォン等と同じく、少なくとも思想としては進化一般の見解に到着している。之に実証的な根拠を与えたのが、C・ダーウィンの理論だった。
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 それ故社会科学に於て正当に使われ得る根本概念=範疇は、自然科学の夫と決して直接に同じでないにも拘らず、一定の約束(云わば飜訳の文法)を介して、相照応せざるを得ないものなのである。私はこの関係を二つの根本概念群の間の共軛関係[#「共軛関係」に傍点](Konjugiertheit)と呼んでもいいと考える*。ブルジョア社会科学乃至歴史科学に於ける立場の無政府的乱立は、夫が自然科学の範疇に対するこの共軛関係を無視する処に原因するものだった。で、もしそうだとすれば、この異った而も発展段階の差を介して同一な共軛的な、社会科学と自然科学との、両者に渡る哲学なるものも亦、当然その範疇を、社会科学と自然科学とに対して共軛にしなければならぬ。唯物論に固有な技術的範疇は、社会科学の範疇と自然科学の範疇とに対して、共軛関係を持つことが出来ればこそ、初めて「技術的」でもあり得たのだった。生産技術[#「生産技術」に傍点]の問題を離れて
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