織としての資格を欠いた点が介在するからであるに違いない。では一般に観念論哲学の範疇組織にはどういう欠陥があるのか。
 一体観念論の根本特色の一つは、それが存在の解釈[#「解釈」に傍点]だけを目的とする哲学体系=方法だということである*。与えられた与件そのものは変更することなく、ただ単に之を適宜に置きかえるということがその認識目的であって、そのための方法は、ただそうした意味の解釈[#「意味の解釈」に傍点]にさえ役立てば良いのである。だから例えば自然の存在は人間の存在よりも先であり基礎的であるという実在的[#「実在的」に傍点]な認識の代りに、自然よりも人間の方が意義が深く価値が高いという意味上[#「意味上」に傍点]の認識が、置きかえられるのである。その結果人間が自然を産み出す(神が世界を創造した)かのような口吻の哲学体系も出来上るのである。宇宙の時間の流れの秩序はどうでもよくて、意味と意味とを直接に時間抜きにつらねるために、一切が瞬間(又は永遠)に還元される(瞬間は止まれ――メフィストとの賭けに負けた[#「負けた」に傍点]ゲーテの「ファウスト」は叫んでいる、歴史の秩序を打ち切ったニーチェ――「瞬間は永遠である」、キールケゴールの書物 Der Augenblick 等々)。意味は存在ではないから宇宙的時間の上では零であり、瞬間なのだ。
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* 拙著『現代哲学講話』及び『日本イデオロギー論』〔本全集第三巻および第二巻所収〕に於て、各種の解釈哲学の批評を与えた。
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 だが、今認識の目的が意味の解釈ではなくて現実の事物の把握であり、之をマスターすることであるとすれば、こうした解釈の範疇組織は、それ自身独立孤立しては全く用をなさない。普通に感覚と呼ばれているが併し正当には知覚と呼ばれるべきものは、対象と主体との間の物質的な相互の変化作用の心理的結果のことだが、事物をマスターし之を実際的に現実的に認識することは、終局に於てこの知覚に由来せねばならず、又之に由来することをば理論的にも自覚しているものでなくてはならぬ。処でこうした認識は恰も、すでに述べた意味に於ける実験[#「実験」に傍点]という特色を有っているのである。事物を変更することによって或る印象を受け取り、更に之をその事物過程の延長に於てテストし検証することが実験なのである。して見ると、現実の事物の実際的な[#「実際的な」に傍点]認識のために必要な認識方法=範疇組織は、実験の内にその先端を有つような夫でなくてはならぬということになる。範疇組織がすぐ様実験の用具ではあり得ないが、実験という認識の根本特色を保維し生かすための概念組織が、唯一の正当な範疇組織でなくてはならぬ、というのである。
 認識のこの実験的[#「実験的」に傍点]な特色(それは特に自然科学の科学性をなすものに他ならなかった)を社会的に云い直せば、認識の技術的[#「技術的」に傍点]な特色だということになる。蓋し実験と技術とは実践の系列の二項目であって、人間が自然に対して能動的に直接働きかける社会部面は、技術の領域に他ならないからである。この意味から云って正当な意味に於ける範疇組織は、必ず技術的範疇組織[#「技術的範疇組織」に傍点]でなくてはならぬのである*。唯物論による範疇は実は正に之なのである。
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* 技術的範疇の意味に就いては拙著『技術の哲学』〔本巻所収〕を見よ。
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 唯物論のこの技術的範疇の組織は、云わば実験的な特色を有っていたから、之を現実の実際性(アクチュアリティー)に照して検証し得る本来の機構を有っている。ここにこの範疇組織の実在的[#「実在的」に傍点]な地盤があるのである。この実在的な地盤に立ち帰る時、理論に於ける一時の対立や外見上救い難く見えた矛盾も、之を単一的に唯一性を以て整理出来るような、理想的方針が見出されるわけである。――唯物論哲学の学問性のもつ唯一性と単一性は、即ちその科学性=科学らしさは、この実験的な技術的な特質に、即ちその実際的な実践的な特色に、由来するのだった。処が解釈のための観念論的な範疇組織は、科学性にとって最も大切なこの特色を欠いていたのである。そこに立場相互間の放恣な無政府状態が出現しなければならぬ理由もあったのだ。
 さて、社会科学乃至歴史科学は、この唯物論になる技術的範疇組織と結合する時、初めてその唯一性と単一性とを、即ち又その科学性を、受け取ることが出来る。社会科学乃至歴史科学と哲学[#「哲学」に傍点]一般とのかの内部的結合の、唯一の正当なそして又必然的な形態は之だと云わざるを得ない。――マルクス主義は云われているようにフランス社会主義とイギリス古典
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