ノ傍点]することは出来なかっただろうからだ。元来史的唯物論は、(近世)資本主義的生産関係から生じた処の、一つの特有なイデオロギーでもあったのである。だが歴史記述のこの区画は、ただ客観的な思い付きによったものではなくて、寧ろ初めから、社会の一定のマルクス主義的分析の結果[#「分析の結果」に傍点]、必然的に与えられた処のものである。――唯物史観に於ける歴史記述[#「歴史記述」に傍点]は、社会の分析[#「社会の分析」に傍点]と、表裏をなして対応する。そして歴史記述が、歴史の過去の出発点から始められねばならぬに反して、社会分析は歴史の現在に於ける到着点から始められねばならない。史的唯物論による記述方法が発見されたのが、現在の近世資本主義制度の下に於てでなければならなかった所以である。
 元来、一切の事物がそうであるが、社会の組織的構造――論理的秩序[#「論理的秩序」に傍点]――は、社会の歴史的[#「歴史的」に傍点]秩序を反映する。現在に於ける社会が持つ構造上の諸モメントは――夫が分析によって分離され且つ総合されるのである――、悉く、社会が歴史的に経過して来た処の諸モメント――夫が歴史記述によって跡づけられるのである――が、最後の具体的展化に至るまでの歴史過程によって磨きをかけられた処の、痕跡に他ならない。それ故吾々は、理論的[#「理論的」に傍点]な歴史記述をするためには、現在[#「現在」に傍点]に於ける――之が歴史の最も具体化されている時間点である――社会を分析[#「分析」に傍点]すれば好いわけであり、又是非ともそうしなければならないわけである。で、人間社会の歴史記述は、或いは寧ろ歴史的分析[#「歴史的分析」に傍点]は、現段階の社会の、即ち資本主義社会[#「資本主義社会」に傍点]の、理論的分析[#「理論的分析」に傍点]を以て始められなければならない。
 さて、現在に至るまでの社会の、最後の・従って又最も発達した・段階であるこの(近世)資本主義社会は、膨大な商品集積[#「商品集積」に傍点]の世界であるということを、他のものとは異る特色としている。そこでは総括的に云えば、一切の事物が商品として、或いは商品と結び付けられて、最後の社会的意味を受け取る。一切の社会的存在の社会的人的関係は、商品世界によって特徴[#「特徴」に傍点]づけられ、商品の構造の内に自分の構造を集約[#「集約」に傍点]する。資本主義社会・ブルジョア社会は、自分の特有な特色として、商品世界を抽出[#「抽出」に傍点]するのである(商品でない処の事物がいくらでもあるということは、この社会の総括的特徴[#「総括的特徴」に傍点]が商品社会だということを何も妨げはしない)。之は歴史がその過程を通じてブルジョア社会にまで具体化[#「具体化」に傍点]して来た、その結果、必然的にそれ自らに施す処の抽象[#「抽象」に傍点]・自己分析[#「自己分析」に傍点]である。吾々が今、社会の、即ちブルジョア社会の、分析を始めるためには、――そして分析とは常に抽象である――、だから、この商品という抽象物を、吾々の行なう分析(抽象)の手懸りとする他はないのである。吾々の分析は、かくて、社会の歴史が現在に於て示している自己抽象[#「抽象」に傍点](商品の抽出及びそれに続く一切のもの)に従うことによって初めて、客観的な社会の現在段階に於ける具体的[#「具体的」に傍点]連関を認識に迄反映することが出来る。一般に吾々は、こうやって初めて、分析という抽象[#「抽象」に傍点]を用いることによって却って認識を具体[#「具体」に傍点]化することが出来るのである。
 ブルジョア社会に於ける商品は、社会自身の構造を自分の構造として集約している。商品には一切のブルジョア社会関係が、その人的関係をも含めて、含蓄されている(商品の物神崇拝性[#「物神崇拝性」に傍点])。夫はこうである。
 商品は何時の世でも、使用価値と交換価値とを持つが、ブルジョア社会の商品は、使用・消費故の交換を目的として生産されるのではなくて、単なる[#「単なる」に傍点]交換を目的として生産されるのを一般的な事情とするのだから、商品価値は専ら交換価値に帰着する。様々に質を異にした使用価値は、そのものとしては相互の比較を許さないが、交換価値になれば共通の尺度によって相互に比較されることが出来る。商品の価値は、与えられた発展段階に於ける生産関係に相応する処の平均的な人間の平均労働[#「平均労働」に傍点]のどれだけが(何時間分が)その商品生産に必要であるかによって、決定される。価値の生産者は人間労働である。――この価値に基いて初めて商品交換は可能となる。そして一切の商品交換のための共通な手段として、特殊な物性と社会的機能とを具えた一定の商品として、金[#「金」に傍点]
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