モネ突然変異ではないが、そうかと言って単なる漸次的推移でもない。量的に見て漸次的である推移が、一定量の蓄積によって、質的な変化を、即ち質的な対立[#「対立」に傍点]を、即ち質的飛躍[#「飛躍」に傍点]、を結果する。社会は弁証法的[#「弁証法的」に傍点]発展をなす、それは分裂を通しての統一によって新しい段階に向って進んで行く。夫は矛盾[#「矛盾」に傍点]と矛盾に於ける統一[#「統一」に傍点]との、矛盾的・弁証法的・統一によって運動する。社会の歴史は矛盾をその動力とする。
 だが歴史の動力としてのこの矛盾は、ヘーゲルの考えたように概念の内に横たわるのでもなく、又吾々の意識とか自覚とかの内に横たわるのでもない。夫は正に、社会に於ける歴史的原因であった処の物質的下部構造に、そしてさし当り、生産諸関係の内部に、潜んでいるのである。と言うのは、元来物質的生産諸関係は、物質的な生産力によって成り立った処の一定形態の関係であったが、一定の発展段階にあった処の生産力が、之に対応する一定の生産諸関係として客観化・具体化されると、生産力自身のその後の言わば自然的な成長にも拘らず、生産諸関係の方はそのまま定着されて了うのが自然である。かつて生産力に相応し得た処のそれのための形式としての一定の生産諸関係は、却って、生産力の発達を妨げる処の桎梏という形にまで転化して了う。物質的生産力とこの一定の生産諸関係とは矛盾する事となり、この一定の生産諸関係はその内部に、可能な新しい生産諸関係にまで成長せねばならぬ処の否定的[#「否定的」に傍点]契機を孕んで来なければならない。之が生産諸関係に内在する物質的矛盾なのである。社会と社会的諸存在との一切の歴史的諸発展は、要するに物質的な生産諸関係に内在するこの矛盾の、止揚と再分裂との弁証法的過程に外ならないのである。この過程の叙述がそして、史的唯物論という社会科学的世界の内容に他ならない。
 或いは問うかも知れない、ではその最後の物質的な生産力はどうやって成長するのか。夫は人間の知識や技術を俟つことなくしては発達し得よう筈がないではないか、そうすればそれは一面観念的なものでもなければならないではないか、なぜ特に物質的と考えられねばならないのか、と。この問いに対しては吾々は已に答えておいた、社会に於ける生産力である限り、単なる自然力のように全く観念的な側面を持たないわけにはいかないのは、自明なことである。だが問題の核心は、社会の歴史的発展の全体を、この生産力の客観的――物質的・自然的――成長と生産関係との矛盾から、説明[#「説明」に傍点]するということに存する。社会は木や石ではない、ただ夫を物質的なモメントから出発して説明しなければ、まとまりがつかないように出来ていると言うのである。
 人間社会の歴史的発達は、云うまでもなく存在の自然史的[#「自然史的」に傍点]発達が高度に発達したものである。だから[#「だから」は底本では「だがら」]、人間史は、この意味に於ける自然史(博物学)的基礎[#「基礎」に傍点]を現に[#「現に」に傍点]有ち、又社会の歴史そのものは、自然史をその時間上の先行[#「先行」に傍点]条件とする。一般的にダーウィン主義と呼ばれて好い進化論[#「進化論」に傍点]は、この基礎とこの先史的時間点とに於て、史的唯物論[#「史的唯物論」に傍点]と交錯する。だが史的唯物論のプロパーな問題は、人間社会生活の原始的[#「原始的」に傍点]な諸条件とその発展との研究から初めて始まる。そこでは人類学的・考古学的・人種学的・土俗学的・な諸条件――それは現在に於ける[#「現在に於ける」に傍点]原始民族の研究に俟つ処が甚だ多い――が、唯物史観的根本方法によって貫かれねばならぬ*。
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* 例えばF・エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』はこの研究の古典的な一例である。
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 併し史的唯物論の何よりもの特色は、夫が生産関係を基準として、社会の発展を最も統一的に客観的に段階づけることが出来るということである。マルクスによれば、社会は主に、アジア的[#「アジア的」に傍点]・古代的[#「古代的」に傍点](奴隷制度的)・封建的[#「封建的」に傍点]・近世資本主義的[#「近世資本主義的」に傍点](市民社会的)の四つの生産様式の発展段階に分けられる(尤も最初の二つを一つにして三段階に数えても好い)。――之が歴史科学[#「歴史科学」に傍点]の記述のための根本区画なのである。
 世界史のこのような段階づけが、マルクスに至って初めて意識的になったということは、原理上の意味がある。と言うのは、近世資本主義的生産関係に立たされるのでなければ、こういう区画に従う歴史記述の方法を意識[#「意識」
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