ヘ、著しい特色だ。だがそれにも拘らず、数学者の主観的意図に関係なく、各種の数学が客観的には物理学に用い[#「用い」に傍点]られているということは何を意味するか(計量的幾何学や解析による物理学的理論一般は云うまでもなく、其の他群論による量子力学、テンソル=カルキュラスによる相対性理論、マトリックスによる量子力学、等々)。――蓋し数学は計算[#「計算」に傍点]や測量[#「測量」に傍点]という要素的[#「要素的」に傍点]な本質から理解されねばならぬ。そうすることが、数学全般の歴史的(弁証法的)理解の唯一の道なのである。前者は算術・代数・微積分となり、後者が各種の幾何学となる。ここに実在[#「実在」に傍点]と数学[#「数学」に傍点]との、従って又自然科学[#「自然科学」に傍点]と数学との、基本的な連関が横たわる。其の他の高級乃至抽象的な数学形態は、これからの歴史的派生物に他ならない。で、そうとすれば、数学は歴史的に云って自然科学の一種と見做されることも出来るだろう。或いは、少なくとも数学をアプリオリな純形式的な科学として、之を自然科学から絶対的に隔絶して了うことは、その理由を失うだろう。
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自然弁証法はこうだとして、さて次に社会科学的世界[#「社会科学的世界」に傍点]の特徴である史的唯物論へ移ろう*。
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* 以下は大体、拙稿「唯物史観とマルクス主義社会学」(岩波講座『教育』の中)〔本全集第三巻、『現代唯物論講話』中の「社会科学論」〕の一部分に基いて之を訂正したものである。――史的唯物論の典拠は枚挙に遑ない。そして之に触れた教程も極めて多い。史的唯物論なる社会科学的世界は、今日すでに或る意味に於ける体系[#「体系」に傍点]をなしつつ発展しているからである。
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便宜上、史的唯物論=唯物史観を、まず定説(体系)と方法とに分けて述べよう。第一に史的唯物論の定説に就いて。――
史的唯物論の問題は、人間[#「人間」に傍点]の存在という事実と共に始まる。人間はその時代々々の与えられた一定の物質的生活条件の下に、行為し生活している。処でこの人間生活の過程は、一口で言えば食うことと産むこととをその物質的根柢としている。言い直せば、人間の生活過程は生活資料の生産と新しい個体[#「新しい個体」に傍点]の生産とを、要するにそういう物質的生産[#「物質的生産」に傍点]を、その根柢としているのである。だが人間生活を他の動物生活から区別するものは、人間が個体を生産する能力を有っているという点にあるのではなくて、人間が生活資料を優れて生産し得るという処に、即ち労働[#「労働」に傍点]によって之を生産するという処に、而も労働手段[#「労働手段」に傍点]乃至要具[#「要具」に傍点]の生産(労働による)を通じて之を生産するという処に、横たわる*。こういう人間的な労働による物質的生産は併し、個々の人間にとっては初めから与えられたものとしての、即ち彼の意志の自由からは独立な客体としての、様々な――自然的及び歴史的に規定されている――物質的生産条件の下で初めて、社会的に一定の具体的な形を取るのである。
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* この労働手段の体系が、「技術的なるもの」であることはすでに述べた。――之は技術的なるもの[#「技術的なるもの」に傍点]の領域である。
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人間的労働による物質的生産――それはすでに個人的な意味を脱して了った社会的なものだが――には併し、労働手段の外に、労働の対象物[#「労働の対象物」に傍点]がなくてはならぬ筈である。労働手段と労働対象とが生産のための手段[#「生産のための手段」に傍点]となる。この生産手段を用いるものは人間の労働力である。この労働力と労働手段と労働対象とを、抽象的にではなく、一定の与えられた社会の発展段階に於て具体内容を有ったものとして、考える時、それがこの生産力に外ならない(マルクスの所謂「抽象的人間労働」による「労働力」も、そういうものとして一定の社会条件の下に具体的内容となった処の、生産力[#「生産力」に傍点]にぞくする)。
併し、労働手段も労働対象も、生産する個人にとっては、自然的及び歴史的な所与であり、労働手段のそれ以上の発達も労働対象のそれ以上の産出・発見も、この与えられた条件によって制約されている。そればかりではない、このような生産手段の発達は各々の部分に於ては個人の意識的工夫に依存すると考えられるが、その全体に於ては、各個人に対してすでに自分の意志では左右出来ない客観性を持っている。生産手段は個人一般[#「個人一般」に傍点]という仮定物から見れば個人の自由によって発達すること
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