wーゲルの自然哲学はシェリングとカントとの夫に直接つながっている。だから自然弁証法の歴史的考察は、近代の自然哲学史を離れては完全ではない。――処がカントの自然哲学は、その天体理論(夫をカント自身は本来の自然哲学の内には数えないが)を別にして、ニュートン物理学(乃至力学)の形而上学的原則の確立を意味していた。と云うのは、ニュートンの力学的範疇の根柢に、如何にしてアプリオリ[#「アプリオリ」に傍点]な原則を求めることが出来るかということが、彼の自然哲学の問題であった。之は自然そのものの歴史的過程(含蓄ある意味での運動)を問題にするのではなくて、之とは全く独立な合理主義的思弁による根本概念の構成だったのである*。シェリングに至ってもこの点少しも変らない、シェリングに於ては、自然の分極性[#「分極性」に傍点](〔Polarita:t〕)とそれによる勢位[#「勢位」に傍点](Potenz)の上昇とが、自然を一貫する運動であった(ここに一種の弁証法がある)。だがこの大部分が、極めてロマン派的な(フィヒテから来る)空想に基いたものに他ならなかったのは別として、ここでも亦、自然はそれ自身の[#「それ自身の」に傍点]歴史的過程に於て叙述されたのではない**。ヘーゲルでも亦そうであった。彼の自然哲学に於ける自然の弁証法的体系は、自然自身[#「自身」に傍点]の運動に基いて展開される代りに、概念の自己運動の順序に従って段階づけられたに過ぎない。
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* カント『自然哲学原理』(戸坂訳)を見よ。
** Schellings Werke, Bd. I. II.(〔Mu:nchner Jubila:umsausdruck〕)の内の諸論文。
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自然哲学に歴史的過程[#「歴史的過程」に傍点]という弁証法の根本性質を見出したものは、併し実はカントの天体進化の理論であった。そして一方、有機界の歴史的進化の過程という観念に到着したのは、ビュフォン等であった。――だがいずれも之を「自然弁証法」という観念にまで高め得る程の、自然科学上の現実的与件を、当時まだ持っていなかったのである。自然の歴史的発展の思想の下に、自然弁証法の観念が、発生し得るためには、自然科学の目醒ましい発達が行なわれ始めた十九世紀後半まで待たねばならなかった(エンゲルスの自然弁証法に関する最初の覚え書き「弁証法と自然科学」は一八七三年に始まる)。
私は今ここに、自然弁証法を体系的に叙述し得ようなどとは思わない。まだ充分に体系づけられていないものを、今ここに俄に体系づけることは可なりの冒険だろうからだ(この点史的唯物論と場合を異にする)。ただ特徴的な二三の点だけを拾いあげて、一応纏った見通しをつけて見ようとするに他ならぬ。そしてその出発点となるものが、かの自然自身の歴史的過程[#「自然自身の歴史的過程」に傍点]なのである。――だが自然とは一体何か。
自然については古来、自然哲学者乃至哲学者の、様々な考察があるのだが、含蓄ある意味に於て、之を物質[#「物質」に傍点]と呼ぶことが出来る。自然即ち客観的存在――主観から独立に存在する存在――が哲学的な意味に於ける物質であることは、唯物論の根本命題であった。処が自然のこの根本的な第一規定がすでに、弁証法的であったことを、まず注意せねばならぬ。プラトンの質料(=哲学的意義に於ける物質)は普通無[#「無」に傍点](又は場所・空間)と考えられている。それは確かに単なる有[#「単なる有」に傍点](「ある」)でないという意味では、無でなくてはならぬ。処が最近の哲学史家達の研究が示すように、この無はただの虚無ではなくて、寧ろ、有という定形[#「定形」に傍点]を以てしては徹底限定し得ない程に、盛りあふれた豊富さそのものを意味するらしい。だから之は有でないことによって却って、有でないどころではなく、圧倒的な有なのである。かくて哲学的範疇としての物質は、存在(=有)は、所謂有と所謂無との矛盾に於て初めてなり立つ処の、その古典的な総合概念なのである*。
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* 哲学的物質の概念の発展と特徴に就いては、拙稿「物質の哲学的概念について」(『唯物論研究』二六号)〔本全集第三巻所収〕を見よ。
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物質の哲学的範疇を、認識の歴史はやがてその物理学的範疇にまで、具体化し又は特殊化すが、この物理学的範疇としての物質を見る前に、物質の(自然の)次の根本規定を注目する必要がある。というのは物質は運動[#「運動」に傍点]することをその根本特色としている。運動しない物質は、物質ではあり得ないからである。――処で一体、運動なるものが弁証法の代表的な場合であることは、ゼノ
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