々の科学的認識を体系化し発展させることによって、そこから抽象し出されるという意味に於て、自然弁証法と史的唯物論とは、夫々自然科学的世界と社会科学的世界との、特徴[#「特徴」に傍点](そういう抽象された代表部分)を云い表わす、というのである。
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* 自然弁証法の「具体化」が自然弁証法という与えられたテーマ[#「テーマ」に傍点]・話題[#「話題」に傍点]を具体的にするということであれば、それはそれでいいのであるが。
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では自然弁証法と史的唯物論との連関はどうなっているか。――云うまでもなくそれは自然と人間史的社会とを、自然史が貫いている、という実在の連関に帰結するのである。進化論(博物学的自然史)が自然弁証法の最も現象的に見易いそして又最も含蓄のある場合であるのだが、史的唯物論はマルクスの有名な説明によれば、人間社会に関するそうした自然史(博物学)とも云うことが出来る。無論両者に於ける根本的な区別は限りなくあるし、又実は極めて重要なのではあるが(そうしないと生存競争や自然淘汰で社会現象を説明されたりしては無産者は泣き面に蜂だ)、併し両者に於ける根本的な同一(対立を貫く同一)が今必要だ。弁証法的唯物論に立てば、このことは常に忘れることを許さない根本テーゼであった。
処が、或る種の「マルクス主義者」達は、史的唯物論以外に弁証法的唯物論を認めようとしない。即ち自然弁証法(エンゲルスの言葉をそのまま使えば「自然の弁証法」)は之を認めないのである*。或いは一応認めるにしても、之を自然科学[#「科学」に傍点]という人間社会の歴史的所産(イデオロギー)に於ける弁証法として認めるか、そうでなければ、自然に関する弁証法という人間的認識乃至主観的態度としてしか認めない**。自然そのものに弁証法があるとか、弁証法が自然そのものの根本法則であるとか、云うのは、弁証法を不可知なものにする神秘化[#「神秘化」に傍点]であって、却って形而上学的な仮説でしかない、というのである。
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* 〔G. Luka'cs〕, Klassen und Bewusstsein や K. Korsch, Marxismus und Philosophie, 所謂三木哲学、などに見られる唯物史観主義が之である。ここから又、マルクスは深遠であったがエンゲルスは浅薄であるとか、マルクスとエンゲルスとでは見解が矛盾しているとか、という批判も発生する(因みに、マルクスが自然科学に就いて無関心であったという種類の見解が、如何に理由のないものであるかは、リャザーノフがエンゲルス『自然弁証法』の解題で証明している)。――エンゲルスは「自然の弁証法」の他に「弁証法と自然科学」「自然研究と弁証法」というような表現を用いている(前出リャザーノフの「解題」参照)。なおE・デューリングは『自然的弁証法』(〔natu:rliche Dialektik〕)なる書物をエンゲルス以前に書いている。
** 弁証法を主観と客観との間に於てしか認めない田辺元博士や西田幾多郎博士の理論は、之にぞくするか又は之に帰着する。前者はその意味に於て、「自然の弁証法」は認めるが所謂「自然弁証法」は成り立たないと主張する。
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のみならずこの種類の意見が、自然科学者自身によっても、最も屡々懐かれるものだという点は、注目に値いする。自然弁証法であろうと無かろうと、自然弁証法を用いようと用いまいと、夫が自然科学の研究にとってどれだけの違いがあるのか。自然弁証法などというものは元来有害であるし、もし又仮に有害でないとしても、少なくとも無用の長物ではないか、と多くの自然科学者はいうのである。こうした自然科学者の常識的[#「常識的」に傍点]な見解は、云うまでもなく、例の自然弁証法否認論者の一つの支柱となっている。――併し私は今はここでこうした自然科学の専門家達の、職業的な蒙を啓こうとは思わない。それは事実決して容易な仕事ではないからだ。又私はここに弁証法的唯物論の定説を展開する余裕を有たないから、弁証法的唯物論の歪曲に基く処の、例の自然弁証法否定論者を説得しようとも思わない。私は寧ろ逆に、何故自然弁証法が成り立ってはならない[#「ならない」に傍点]と考えねばならぬか、の説明の責を彼等に負わせる権利を有つと思う。なぜなら、一体彼等は、統一的[#「統一的」に傍点]な自然科学的世界観をば何と名づける心算なのだろうか、と問いたいからである。今私が説明の責を負うべきものがあるとすれば、夫は自然弁証法と史的唯物論との連関[#「連関」に傍点]に就いてである。
自然弁証法は自然科学的世界[#「世界」に傍点]を云い表わす
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