ニ主張する*。
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* F. Simiand, 〔De l'Expe'rimentation en science e'conomique positive〕(Revue Philosophique, 1931)――なお拙著『技術の哲学』〔前出〕中の「技術と実験」の項参照。
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吾々は又吾々で、実験の概念を根柢的に広範に理解せねばならぬ理由があった。夫は人間的経験の本質だったからである。して見れば之を、単に自然科学に於てしか見当らないような実験的操作に於ける、実際に限る理由はない筈である。自然科学に於ける実験的操作の特色と普通考えられる条件は、操作から独立[#「操作から独立」に傍点]な客観界に就いて、その一定の必要な理想的状態[#「理想的状態」に傍点]を、人工的に比較的随時[#「人工的に比較的随時」に傍点]に、齎し得るということだ。処が併しこの条件は精密に又厳密に考えると、自然科学自身に於てさえ、殆んど全く不可能な内容のものだということを注意しなければならぬ。まず第一に操作から完全に独立な客観界に就いての物理学的実験は、例の不確定性原理によって、不可能だという事が原則的に証明された。操作の用具である光の量子は、実験の結果を示されるべき自由エレクトロンの速度と運動量とを予め変化せしめて了うので、示されるものはエレクトロンの元の空間的定位ではなくて、操作によって変化された状態でしかない。この点社会科学に於て、研究活動の作用そのものがその研究対象たる社会にぞくすという関係と、程度の差こそあれ、本質的に別なものではない。
それから一定の必要な理想状態と云っても、夫はその言葉が示す通り理想状態であって、現実に到達し得る状態と夫との間にはいつも或る距離が残されている。不必要有害な外部的影響から絶対的には免れ得ない点では、政府の米穀統制政策の試みの場合と、海底に於ける重力測定のための実験の場合とでは、矢張り程度の差こそあれ、その条件の困難に本質的な変りはない。実験が人工的に比較的随時に行なわれ得るということは、実験を大学の実験室での実験に限って考えるからで、特定の天体観測(之も実験でないという理由はあるまい)、例えば水星のペリヘリオンなどは、決して人工的に随時に行なわれはしない。それは戦争や革命よりもまだ稀だろうからだ。――顕微鏡や試験管を用いなければ実験ではないというなら、そして疑問を確かめるために試みる[#「試みる」に傍点]という目的意識や、今後の先例にしようとする目的意識がなければ実験でないというなら、戦争には偵察攻撃という社会的実験[#「社会的実験」に傍点]のための戦術もあるのである。
でこうしたわけで、実験を自然科学に於ける実験的操作に限定せねばならぬ積極的な理由はないのである。無論こう云っても、社会科学に於ける実験的操作が、自然科学に於ける夫と全く同じだというのではない。ただ実験的操作の概念を普通よりももっと拡張することが、研究手段乃至方法の統一的な理解の上から云って、必要だというのである。一切の社会的歴史的(過去の又現在の)出来事は、階級・政党・政府・インスティチュート・又個人・等々の主体の実践の結果だという資格から、一つの試み[#「試み」に傍点]である。そして又それは後々の同一性質の出来事の先例[#「先例」に傍点]となるのである。その限りこうした出来事は「実験」としての効果[#「効果」に傍点]を持っているのである。蓋し実験とは、実践[#「実践」に傍点]の最も要素的な形態に他ならず、やがて社会に於ける産業[#「産業」に傍点]・政治活動[#「政治活動」に傍点]にまで発展する要素だったからだ。――かくて、社会科学的方法に於ても亦、或る意味に於ける実験的操作が行なわれると見得るのでなくてはならぬ。
だが、自然科学に於ける実験的操作も、社会科学に於ける夫も、決してそのまま夫々の科学の実験的方法[#「方法」に傍点]となるのではない。之等の手段は夫々の科学の統一的な研究様式によって定着されて初めて、この夫々の研究様式の一内容となり得るに過ぎない。
科学に於ける研究手段が、自然科学と社会科学に於て如何に共通[#「共通」に傍点]であり、又如何にその上での差別[#「差別」に傍点]を含んでいるかを、吾々は見た。そして之は実は、夫々の科学の研究様式[#「研究様式」に傍点]の共通性とその上での差別とに基く他はあり得ない。如何なる研究手段を如何なる組み合わせで採用するかは、全く科学の研究様式の欲する処なのだから。最も積極的な研究手段であった統計的操作と実験的操作とは、科学の研究資料・認識材料の収集の機能につきている。処がマルクスの『資本論』によれば(前出の個所)、科学の研究様式は、
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