闥iは一般に、研究様式にぞくする浮動した断片ではあるが、研究様式そのものではなかった。そして叙述様式でもない。ではこの二つの様式と、之とはどう関係するか。――もし今この分析的操作をそのまま科学の研究様式・研究手段として採用するならば、夫は概念分析だけによって事物関係を説明しようとすることであって、分析が形式論理的な場合には明らかにスコラ主義[#「スコラ主義」に傍点]となり、分析が弁証法的である場合には詭弁[#「詭弁」に傍点](ソフィステライ)の類となるだろう。だから、この研究手段が研究方法・研究様式として役立つためには、少くともこの操作以外の諸手段(数学的解析とか実験とか)を同時に用いなければならぬ、ということが判る(この点、他の夫々の研究手段・操作に就いても変りはない)。――それから、分析的操作は叙述様式に於て最も有効に用いられる処の手続きであることに就いては、多く考察を必要としないだろう。
解析的操作[#「解析的操作」に傍点]。之は一般の文字と一般の分析操作との代りに、記号と数学的操作(計算・演算・其の他一切)とを用いる処の、数学解析の手段を指す*。その外貌の相違にも拘らず、之は前の分析的操作の一変形に過ぎない。――自然科学、特に所謂精密科学に於て、この操作が重大なことは、説明するまでもない。或る場合には物理学の根本原則さえが、この操作の制約を受けて初めてその形態を与えられる(例えばマクスウェル電磁方程式のシムメトリ形式から、相対性理論の手続き上の成立動機が生じた如き)。又逆に一定の物理学的原則は或る特定形態の解析的操作だけを選定する必要を生む(例えば量子力学によるマトリックス、波動力学による波動方程式など)。所謂精密科学にはぞくさない生物学に於ても、Biometrie や関数生物学、メンデリズムに於けるコンビネーションなど、この手段に訴える。実験心理学に於ける適用も亦言を俟たない。
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* ここに解析的と云ったのは、必ずしも数学的な Synthesis(代数や整数論や純粋幾何学など)と対立させる意味ではない。
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社会科学に於ける解析的操作は、数理経済学や経済学に於ける感覚測定論に最もよく現われる*(数理経済学に就いては前を見よ)。それからマルクスが『資本論』第二巻に用いた有名な公式W―G―W(商品―貨幣―商品)の処理法は、代数学的記号とその操作の模範的なものにぞくするだろう。――スピノザのユークリッド的手続きによる『倫理学』は、強いて云えば哲学に於ける今の一例となるかも知れない。蓋しこの『倫理学』は、例の分析的手段と解析的手段との、移行の中間に横たわるからである**。
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* 経済学に関する感覚測定論に就いては、高垣虎次郎『経済理論の心理学的基礎』(改造社版『経済学全集』第五巻)参照。
** 次に見るように統計的手段の一部に数理統計[#「数理統計」に傍点]なるものがある。之は云うまでもなく数学手段にぞくする。でここからも知れる通り、諸研究手段の相互の間にも、直接の交錯がなくもないのである。
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解析的手段は分析的手段の特別な形態だったが、それが特別な形態であるだけに、云うまでもなくその適用範囲は広くない。之を研究様式とするということは、数理経済学などの誇称を論外とすれば、だから初めから殆んど絶望で、そうした企ては多く極めて無内容に終っているから問題ではない。叙述様式としてさえ、この手段は著しく制限されている。だが強いてこの手段を叙述様式の下に用いようとすれば、大抵の場合夫が不可能ではないのである。従って叙述様式にこの手段を用いることが出来たということは、少しもその科学の科学性を高めるものでもなければ科学性を証拠だてるものでもない。まして、之だけによって(数学以外の)科学の叙述を与え得たと称するような場合がもしあるとすれば、夫は恐らくその科学の非科学性(抽象性・テーマの人工的局限・認識目的の喪失・等々として現われる)をさえ証明するだろう。
統計的操作[#「統計的操作」に傍点]。前二者は併し、科学研究上に於ける消極的な操作でしかなかった。之に反して、積極的な手段を提供するのは統計的操作と次の実験的操作とである。と云うのは、この二つは科学研究に対して能動的に材料[#「材料」に傍点]を収集[#「収集」に傍点]する機能を有つからである*。
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* 統計と実験との対比に就いては、例えばマルク「統計学」(『科学研究法』――フランス学会編――の中)を参照。――なおこの『科学研究法』は人文関係の諸科学に就いての実証論的な立場からする代表的な省察が集められている
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