B処が実質的[#「実質的」に傍点]な研究手段こそ、科学にとって実際に役立っている科学的操作なのである。この実質的研究手段には大略、四つのものがぞくする。第一は分析[#「分析」に傍点]的操作、第二は解析[#「解析」に傍点]的操作、第三は統計[#「統計」に傍点]的操作、第四は実験[#「実験」に傍点]的操作である。こうした夫々の科学手段・科学的操作が、どのような特色をもち、自然科学や社会科学(又哲学)に於てどのような特殊形態を与えられ、それから研究様式と、又序でに叙述様式と、どう関係するかを、見て行かねばならぬ。

 分析的操作[#「分析的操作」に傍点]。数学的解析の操作から区別された、概念に於ける、概念による、分析をいう。経験された現実(それは事実[#「事実」に傍点]と呼ばれるが)に関する表象をば、表象又は概念を確定することによって分解し、更に之を再結合する処の操作を云う。分解したものを再結合するという意味に於ては、之は却って総合[#「総合」に傍点]と呼ばれている。元来分析と総合とは同一操作の位相の相違にしか過ぎない(一切の判断は、分析判断と雖も、総合判断である――カント)。之は科学的操作としてばかりでなく、吾々が普通用いる常識的操作としても、最も日常的であり従って又最も基本的で一般的なもので、例えば一切の評論に用いられる多少とも理論的な操作も、之にぞくする。だから又自然科学であっても、之を援用しなければ一つの理論も否一つの実験さえも、不可能となる。例えばエーテルの存在するしないを理論づけ又実験するにも、一体エーテルなる概念が歴史的に何であるかを先ず分析してかからなければ、無駄に終る。エーテルが極微な抵抗のない可秤性を欠いた物質[#「物質」に傍点]であるのか、それとも単に何等かの力の場としての空間[#「空間」に傍点]のことでいいのか、を決定しないで、エーテルに関する理論も実験も意味がない。物質概念の分析が不充分だと、物質が消滅したしないで、形而上学的な不毛な議論をしなければならなくなる。又例えば重力という物理学的術語は、常識的な観念としての重さや抵抗力の観念から全く独立には、なぜ重力と呼ぶのかが遂に全く理解されなくなるだろうが、そのようにこの分析的操作は、専門的な範疇と日常的な観念との媒介点を明らかにし、科学の尤もらしさを保証するという点で、最も重大な理論的機能を有つのである。
 この点云うまでもなく社会科学に於ても変らないばかりでなく、ここではこの操作の機能に就いて愈々明白な観念が得られるだろう。A・スミスの『富国論』やリカードの Principles of Political Economy and Taxation などに於ける分析操作、又哲学ではアリストテレスの主なる著書(『メタフュジカ』・『フュジカ』・『ニコマコス倫理学』・等)の考えの進め方の操作、などがそのいい例である。
 だがこの分析的操作は一つの歴史を持っている。というのは、この概念分析という手続き・手段が、之まで往々にして単なる形式論理のものだった場合が多い。処が分析が現実的であり、操作として完備するためには、こうした形式論理的[#「形式論理的」に傍点]な分析(単なる区別・対比・固定化)では不充分なのであって、いやでももっと具体的な分析にまで行かざるを得ない。この時、分析は弁証法的[#「弁証法的」に傍点]な分析操作の性質を帯びざるを得なくなるのである(本来弁証法は単にこうした操作[#「操作」に傍点]の名に限られるのではなく、実は科学的方法[#「方法」に傍点]そのものの名であり、或いは寧ろ実在[#「実在」に傍点]そのものの根本法則[#「根本法則」に傍点]であるのだが、今は夫が操作となって、断片化されて現われる場合を指す)。――で分析的操作が終局に於て弁証法的でなければならぬことは、凡ゆる場合に於ける要請であって、物質の概念に就いてもエーテルの概念に就いても、之を正当に把握して使用するためには、それをこの弁証法的分析にかけることを必要とする。自然科学の理論的整備に必要なのが之で、自然弁証法[#「自然弁証法」に傍点]の一つの契機をなすものが之だ。マルクスの『資本論』に於ける商品の分析は、社会科学に於けるその適切すぎる程適切な例であり、たといこれ程露骨な叙述様式を伴わなくても(操作=研究手段は研究様式と異り、まして叙述様式とは一応全く別だった)、実質に於てこの操作を用いたものは、極めて多い。マルクス主義的社会科学に於ける分析がいずれも之にぞくすることは云うまでもないし、そうでないものでも、いつか知らず知らずにこの段階の分析にまで押し進められている場合が少くない。哲学ではプラトンの『ソピステース』やヘーゲルの『エンチークロペディー』などがその典型である。
 だが操作・科学
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