ノは、二つは必ずしも同じ内容を云い表わす言葉ではない。大体の傾向乃至習慣に就いて云う限り、ブルジョア哲学の伝統では、科学方法論[#「科学方法論」に傍点]の方は主として経験的諸科学(数学も之に加えてよいが)に特有な学術研究方法に就いての理論を指すが、之に反して、方法論[#「方法論」に傍点]の方は、より一般的に又はより抽象的に、認識一般の方法を論じる場合を指すことが多い。前者が云わば認識論[#「認識論」に傍点](ブルジョア哲学に於ては之は諸科学の科学的認識の根柢に関する理論として理解される場合が多いが)にぞくし、之に反して、後者は単に論理学[#「論理学」に傍点](形式的な所謂学校論理学の延長拡大としての)にぞくする、と云っていい。
 尤もこの二つの言葉そのものだけに就いて云えば、どれが所謂認識論側のもので、どれがもっと抽象的一般的な所謂論理学の側のものかは、そう簡単には仕分け出来ない事情にあるので、実際言葉としては二つの間に何も根本的な区別はなかったのだ。ただ必要なのは、所謂方法論(メトドロギー)の方(但しそれを却ってメトーデンレーレと名づけたっていいのだ)が、従来の所謂形式論理学の一分科としての歴史的なニュアンスを持ってるのに反して、所謂科学方法論(メトーデンレーレ)の方(但しそれを却ってメトドロギーと名づけてもいいのだ)は、少なくとも従来の形式論理学を何等かの形で踏み越えようとする立場(「先験的」論理学・「内容的」論理学・「具体的」論理学・「近代」論理学・「認識論」・等々)に立つという、歴史的には新しい又進歩した段階のものだ、という区別である。
 例えばフランシス・ベーコンの所謂研究法(その帰納法)は、近世の自然科学の方法を論じようとしたものであるにも拘らず、結局従来の所謂論理学の単なる一部分にしか過ぎなくなっている(帰納論理学)。後に之とスコラ哲学以来の所謂演繹論理学とを結合して、特に社会科学(Moral Science 乃至 Social Science と呼ばれた)の方法を精細に論じたJ・S・ミルの労作も、必ずしもまだ「科学方法論」になり切ったものではなく、つまりは形式論理学に於ける「方法論」の大成に過ぎないという様な位置を与えられている*。なぜなら之は本質上、ベーコン的方法論をそのまま社会科学に持ち込んで単に之を比較的精細に考察したものに他ならないからである。蓋し近代自然科学(社会科学もそうだが)が最も著しい発達を遂げたのは十九世紀の後半以後であって、この科学的発達に相応した方法論、即ち所謂科学方法論に該当するものは、まだ出現する機会を持たなかったからである。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* J. S. Mill, A System of Logic, ratiocinative and inductive (1843)。之には「明証の原理と科学的研究の諸方法[#「科学的研究の諸方法」に傍点](methods of scientific investigation)」とを結びつけた見解を示すものだ、とサブタイトルに書かれてある(社会科学に関する部分は、伊藤訳『社会科学の方法論』がある)。
[#ここで字下げ終わり]

 自然科学の著しい発達によって、まず第一に促がされたのは、専門科学者自身による科学的研究法乃至科学一般に関する省察である。物理学乃至数学の領域からはH・ポアンカレ、物理学乃至生理学の領域からは、E・マッハ、V・ヘルムホルツ、デュ・ボア・レモン、心理学の領域からはW・ヴント、生物学の領域からはH・ドリーシュ、などを挙げることが出来るが、これ等の科学者達は、科学研究法乃至科学一般に対する省察から、夫々一般的な認識論や哲学を導き出した。従って彼等は夫々の科学論乃至科学方法論を持っていたのである。――だがそれにも拘らず、彼等の多くは(少くともヴントは例外だが)、例えば諸科学に就いて比較研究[#「比較研究」に傍点]をすることなどに就いては、それ程熱心ではなかったのである*。なる程夫々の専門の科学領域に横たわる根本問題に関して、極めて立ち入った又卓越した分析批判が与えられている、夫は人の知る通りだ。だがそういうことと、夫々の科学をそのものとして一纏めにし[#「一纏めにし」に傍点]、之を諸科学全般との関係に於て考察することとは別で、後者は、必ずしもこのその領域のエキスパートとしての彼等が尊重した問題ではなかったように見える。だからここからは、所謂「科学方法論」とか又夫を中心課題とした所謂「科学論」とかは、充分の展望を以て現われる必然性を必ずしも見出し得なかったことは、無理ではなかった。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* W・ヴントは近代に於ける実証的エンサイクロペディストの一人に数えられ得る
前へ 次へ
全81ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング