実在世界と一定の意味に於て果して一致しているかどうかが、必ず最初の問題となる。科学の方法には作業仮説というものもあれば、暫定的方法(heuristische Methode)というものも許されよう。その意味に於て科学方法は各種のシムボルに基くという考えさえも発生する。又イデオロギーは、実在の認識をば社会的与件に従って、歴史的伝統に沿うて、又階級的利害に左右されて、撓めるだろう(撓めずに却って矯める場合もあるが)。だが少なくとも科学的世界の内容だけは、初めから実在の模写そのものであることを要求される。真理[#「真理」に傍点]の問題が、ここでは一等露骨に、表面に現われて来る*。
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* 模写説(実践的な唯物論の)は真理に関する一等優れたそして一等大衆性を有った理論だと私は推断する。真理[#「真理」に傍点]の種類はとに角として(例えばライプニツによる数学的真理=永久的と歴史的真理=事実真理、自然科学的真理と社会科学的真理、など)、真理に就いての一般観念として、カントの構成主義、直覚明証説(デカルトやE・フッセルル)、社会的便宜主義(プラグマチズムやマッハ的思惟経済説やボグダーノフ主義)、M・ハイデッガーのアレテ説(真理とは匿されたものを露わにする―〔ale'thes〕―こと)、ヘーゲルの観念に於ける具体的普遍性の見解、其の他其の他のものにも拘らず、そう推断出来ると思う。
[#ここで字下げ終わり]

 それ故、一言を以て云えば、科学と実在との関係は、論理[#「論理」に傍点]の問題に帰着する。論理学も認識論も弁証法も、この論理の夫々のモメントを問題とするものに他ならないのだが、この論理の特に科学論[#「科学論」に傍点](夫は「科学方法論」・「科学分類論」・其の他を含む)的な形態が、科学と実在との関係に他ならない。吾々は之までに、之を実在の模写[#「模写」に傍点](知識)と知識の構成[#「構成」に傍点]とによって、説明したわけである。
 科学と実在との関係の問題、即ち知識構成の問題(模写の内容に就いての問題も之に帰着するのだったから)は、だから之を三つに分けて取り扱うことが出来る。第一に「科学の方法」、第二に「科学と社会」(イデオロギーの問題)、第三に科学的世界[#「科学的世界」に傍点]の問題。第三のものでは諸科学に於ける体系と諸根本概念の検討とを中心とするだろう。
 順次に夫を見て行く。
[#改段]

  三 科学の方法(その一)


 科学の方法という問題は、近代科学論(主としてブルジョア的科学理論)の最も代表的なテーマになっている。科学方法論[#「科学方法論」に傍点]は科学論[#「科学論」に傍点]そのものの中心的な課題とされている。尤も科学論と云っても、一般的に言葉通りに、科学乃至学問に関する統一的研究と見透しであるに止まらず、実際には、単に知識[#「知識」に傍点]一般の根本理論であることもあるし(フィヒテの「知識学」)、又従って一種の論理学[#「論理学」に傍点]原論である場合もある(ボルツァーノの「知識論」乃至『科学論』)。之に反して又、特に自然や社会・歴史・文化に関する単に経験的[#「経験的」に傍点]な諸科学に於ける二三の根本問題に就いての哲学的見解を意味する場合もあるのである(リッケルトの「科学論」)。処で実はただ、この第三の場合又はそれに相当するような科学論だけが、その中心を科学方法論[#「科学方法論」に傍点]に置いているのである。
 だが科学論という言葉がそうであったように、所謂科学方法論なるものも亦、必ずしも言葉通りに、一般に科学の方法に就いての理論であるには止まらない。夫は近代ブルジョア哲学上、すでに一定の歴史的な約束を持った言葉になっている。吾々は何もこの約束を守らねばならぬ義務はないのであって、却ってこの約束を破ることによってこそ初めて本当[#「本当」に傍点]の科学方法論に到着し得る筈であり、その点、科学論(というこの書物の表題)自身に就いてと全く同じであるが、併し少くともこの約束を知らずには、科学の方法に就いて語ること(それが科学方法論だ)は不可能になっている。そういうような条件の下に、すでに吾々は置かれているのである。
 所謂科学方法論がどういう歴史的約束に束縛されたものかは次に見るとして、ここで予め注意しておかなくてはならぬのは、科学の方法を論議するらしく見えるものに、この所謂科学方法論(Methodenlehre―Methodik)を他にして、なお方法論[#「方法論」に傍点](Methodologie)という言葉があることである。Methodenlehre でも Methodologie でも、言葉としての意味だけから云えば殆んど何等の区別はないわけであるが、併し実際
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