―近代的な自然科学と社会科学とが発達せず、その代りに文字による学・文献学が独占的な支配を有っていた)、一般にヨーロッパに於ても古く学問という概念が、広義に於ける芸術[#「芸術」に傍点]乃至技術[#「技術」に傍点](Ars―Art―Kunst)とどれ程未分な又は混淆した状態にあったかを示している。
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* 文献学 Philologie は主に文筆の所産に関する歴史的研究とその研究方法とを意味する。広義の文筆労作(Literatur)が文献学の対象となる。――観念論哲学とこの文献学(乃至解釈学)との関係は今日特に注目に値いする。
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 学問は最も広義な又は古典的な意味における芸術乃至技術の寧ろ一部分に他ならなかった。でこの点まで学問の歴史を溯って行けば、学問はもはや芸術からさえも原則的には区別出来ないものだったと云わざるを得なくなる。芸術は天才の乃至何等かの人間の造ったものだという側面に於て、一種の生産的能動(Poiesis―Poesie)にぞくし、その限りに於て技術にぞくすると考えられた(但しここでいう生産的能動も技術も、まだ、生活物質の物質的生産に於ける真の意味[#「真の意味」に傍点]の生産技術ではないが)。学問も亦同じく、古来の一つの通念によれば、天才乃至何等かの人間の創造なのである。現に今日でも、学問は観念や事物の探究・発明・発見によって成り立つという側面が強調される*。だから、古典的な意味に於ける夫々の学問は、実は夫々「自由芸術」だったというわけである。
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* 科学に於ける探究・発明・発見をテーマとした研究として、J. Picard, Essai sur la Logique de l'invention dans les Sciences と Essai sur les Conditions positives de l'invention dans les Sciences とを挙げることが出来る。
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 それだけではない。支那哲学や印度六派哲学やギリシア=ローマ期の哲学、又中世のカトリック神学、に於て見られる学問なるものは、それ自身が道徳的知恵か宗教的信条かに他ならなかった。道を説き教えを垂れることは、知識や認識の問題ではなく、
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