ないだろう。社会哲学[#「哲学」に傍点]・歴史哲学[#「哲学」に傍点]・国家哲学[#「哲学」に傍点]・法律哲学[#「哲学」に傍点]・経済哲学[#「哲学」に傍点]などは、とりも直さずこの間隙に成立するのである*。
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* H・クーノー『マルクスの歴史社会並びに国家理論』上巻(改造文庫版)を見よ。又、リャーシチェンコ『経済学説史』(平館訳)は特色がないが詳細な参考書として役立つ。又例えば加田哲二『近世社会学成立史』なども部分的に参考となる。
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社会科学乃至歴史科学は、以上大まかに見たように、自然科学の場合とは異って、哲学と極めて密接な関係を有つと云っていい。処がそれにも拘らず、この密接な関係は、ブルジョア哲学の側からもブルジョア社会科学乃至歴史科学の側からも、一向分析的に組織的に明らかにされてはいないのである。この点、今日の自然科学とブルジョア哲学との関係と、あまり相違はないと云っていい。尤もどこまでが社会乃至歴史科学で、どこからが哲学(社会哲学・歴史哲学・経済哲学・其の他)だという風に、機械的な限界を設けることは、どんな場合でも無意味で有害なことだが、そういうことと、その際科学と哲学との関係が単に曖昧に止まっていて良いということとは別だ。
社会科学乃至歴史科学に於ても、その方法論[#「方法論」に傍点]なるものが哲学として相当に発達している。処がこうしたブルジョア哲学的な方法論の何よりの一特色は、その形式的で抽象的な視界の狭隘さにあるのである。この点で典型的なものはC・メンガーの有名な書物『社会科学の方法』などだろう*。そこでこの狭隘さを脱出しようとする哲学的な企てが例えば各種の経済哲学[#「哲学」に傍点]や何かとなって現われる**。だがその経済哲学なるものに於ても、哲学と科学(経済学)との原則的なそして必然的な連関が、一向関節を与えられた形で現われないのである。そればかりではなく、根本的な疑問は、一体経済哲学なるものが経済学そのものに対して、どういう理論上の必要性を感じさせることが出来るか、ということだ。
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* C. Menger, 〔Untersuchungen u:ber die Methode der Sozialwissenschaften und
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