だ。――顕微鏡や試験管を用いなければ実験ではないというなら、そして疑問を確かめるために試みる[#「試みる」に傍点]という目的意識や、今後の先例にしようとする目的意識がなければ実験でないというなら、戦争には偵察攻撃という社会的実験[#「社会的実験」に傍点]のための戦術もあるのである。
でこうしたわけで、実験を自然科学に於ける実験的操作に限定せねばならぬ積極的な理由はないのである。無論こう云っても、社会科学に於ける実験的操作が、自然科学に於ける夫と全く同じだというのではない。ただ実験的操作の概念を普通よりももっと拡張することが、研究手段乃至方法の統一的な理解の上から云って、必要だというのである。一切の社会的歴史的(過去の又現在の)出来事は、階級・政党・政府・インスティチュート・又個人・等々の主体の実践の結果だという資格から、一つの試み[#「試み」に傍点]である。そして又それは後々の同一性質の出来事の先例[#「先例」に傍点]となるのである。その限りこうした出来事は「実験」としての効果[#「効果」に傍点]を持っているのである。蓋し実験とは、実践[#「実践」に傍点]の最も要素的な形態に他ならず、やがて社会に於ける産業[#「産業」に傍点]・政治活動[#「政治活動」に傍点]にまで発展する要素だったからだ。――かくて、社会科学的方法に於ても亦、或る意味に於ける実験的操作が行なわれると見得るのでなくてはならぬ。
だが、自然科学に於ける実験的操作も、社会科学に於ける夫も、決してそのまま夫々の科学の実験的方法[#「方法」に傍点]となるのではない。之等の手段は夫々の科学の統一的な研究様式によって定着されて初めて、この夫々の研究様式の一内容となり得るに過ぎない。
科学に於ける研究手段が、自然科学と社会科学に於て如何に共通[#「共通」に傍点]であり、又如何にその上での差別[#「差別」に傍点]を含んでいるかを、吾々は見た。そして之は実は、夫々の科学の研究様式[#「研究様式」に傍点]の共通性とその上での差別とに基く他はあり得ない。如何なる研究手段を如何なる組み合わせで採用するかは、全く科学の研究様式の欲する処なのだから。最も積極的な研究手段であった統計的操作と実験的操作とは、科学の研究資料・認識材料の収集の機能につきている。処がマルクスの『資本論』によれば(前出の個所)、科学の研究様式は、
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