る。ここでは、プラトンやベーコンの主なる分類原理であった人間の主観的能力の代りに、事物それ自身の秩序による分類原理が持ち出される。事物そのものは、より簡単なものからより複雑なものへと向って、一つの体系をなしている。そこで之に関する科学も亦そうした秩序に相応しなければならない。数学、無機物の科学(力学・星学・物理学・化学)、生物学、社会学、の順序が之だというのである。処で之は云うまでもなく、フランス・ブルジョアジーのイデオローグの一人としてのコントがその社会学(ガリレイ的な方法に基く処の――実証的な――)を、新しく提唱するために必要な分類に他ならなかった*。尤もコントはその直接の先輩であるサン・シモンの社会科学のイデーを平俗化したものにすぎぬとも考えられる。サン・シモンの社会科学の真理は寧ろK・マルクスによって生かされたと見るべきだろう。だから、丁度ベーコンが自然科学の根本精神に立脚しながら、その自然科学の観念自身が充分に科学的でなかったように、コントの社会学の観念も亦、決して科学的な社会科学だとは云うことが出来ぬ(ブルジョア「社会学」と「社会科学」との区別は今日でも依然として重大な問題を投げかけている)。――だがそれにも拘らず、コントの科学分類が、事物そのものの秩序に相応し、従って又やがて事物の歴史的[#「歴史的」に傍点]発展の各段階に相応し得る処のものだった、ということは、忘れてはならない特徴をなす。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* コントはフランス・ブルジョアジーの最も雄弁な代表者の一人であるが、併しブルジョアジーの進歩の向上線に沿って切線の上に乗っている人物ではない。彼は、すでにブルジョアジーと戦わねばならなくなっていた新興勢力の一つであるサンキュロット一派に対して、明らかに保守的・反動的な立場に立っていた。だがそういう意味に於てこそ、彼は正しく現代的なブルジョアジーの代表的なイデオローグの先駆者だろう。ブルジョア「社会学」が端をコントに発し、今日でもなおコントの名がそこに権威を持っている所以である。
[#ここで字下げ終わり]

 近代に於て最も組織的な諸科学の分類を与えたものは、実はヘーゲルの『哲学的諸科学のエンサイクロペディア』であった。丁度プラトンに於てそうであったように、ここではドイツの社会的現実の貧弱さが、哲学的な偉大さとなって現わ
前へ 次へ
全161ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング