vに傍点]に外ならなかった、単なる批評もなければ単なる実証もあり得ない、在るものは何かの形態に於ける両者の結合でしかない。
 文学の制作[#「制作」に傍点]は一つの実証である、それは他人の制作した作品を品|隲《しつ》するのではなくて、自ら生活材料を整理して形を与える処の一つの実証[#「実証」に傍点]的な探究である。この制作は併し実は、その制作者のそれ以前の制作に対する批評[#「批評」に傍点]を無視していなかった、ということを今注意しなければならない。この制作は批評から、この意味に於て一続きのつながりを有っていたのである、もしそうしなければ、制作の客観的な進歩は恐らく望み難いだろう。だが逆に又、批評家は或る意味に於て――少くとも可能的な制作家として――同時に作家でもなければならない、それが批評家の必要な資格なのである。そうすると批評は批評者の――可能的な――制作を仮定しないではなり立たない、そうでなければ批評は全く外部的な印象[#「印象」に傍点]でしか無くなるだろう。この点から見れば、批評は又制作から、この意味で一続きのつながりを持っていなくてはならない。――実際の現象としては作家と批評
前へ 次へ
全378ページ中93ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング