けられねばならない。吾々の見て来た最後の方法から云って之は必然的である。意識はまず第一に階級意識[#「階級意識」に傍点]――又は階級心――として性格づけられ、そういうものとして分析されなくてはならないのである。意識はそういう意識形態[#「意識形態」に傍点]として、一種の意味でのイデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]と見られなくてはならない(吾々は意識形態としてのイデオロギーと文化形態としてのイデオロギーとを区別する。社会人の心理――階級意識――は今、前者の意味に於てイデオロギーだと云うのである)。
階級意識の分析で最も眼立たしいのは処で、G・ルカーチであろう。だがルカーチによる階級意識とは何であったか。それは生産過程の一定の典型的な情勢に帰属せしめられる処の合理的に適合されたる[#「合理的に適合されたる」に傍点]、生産過程の反作用である。と云うのは、階級意識とは、決して、個々のプロレタリアの心理的意識でもなければ、プロレタリア全体の集団心理学的意識でもない、階級の歴史的情勢が意識された処の意味[#「意味」に傍点](Sinn)なのである。それは無論単なる擬制ではない。併しそうであるか
前へ
次へ
全378ページ中359ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング