サれはもはや単なる群衆や集団の意識――表象――ではなくて第一に未開人――この歴史的社会的存在――の有つ表象であったことを忘れてはならないように出来ている。この意味で、従来の社会心の諸概念に較べて夫は著しく歴史的特色を担ってはいる、それは原始民族という現実の社会的存在[#「社会的存在」に傍点]から出発して得らるべき概念なのである。それだけこの社会心――集合表象――の概念は、仮空的でなくて現実的ではある。だからそれだけそれは合理的に説明されることも出来るわけである。実際、例えばマクドゥーガルの単に心理学的な集団心の概念――それは実は国民[#「国民」に傍点]を説明するための準備なのだが――が至極不合理であったに較べて、これは遙かに合理的な説明を与えられることが出来る。集合表象は、「与えられた社会群に共通[#「共通」に傍点]であり、時代から時代に推移し、個人を強制し、個人をして場合々々によって、この表象対象に対する尊敬・恐怖・讃嘆の感情を懐かせる」ものだというように*。もはや集合心(ル・ボンの 〔l'a^me collective〕 やマクドゥーガルの group mind, collectiv
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