ニいう意図を有っているのである。全く、都合の好いような仮定に基けば、都合の好い説明を下すことは容易だろう。併し一般に社会がそうであるように、群衆乃至集団の本質は、第一義的に、決して心理的乃至精神的なものに求められてはならない*。何故なら、例えば階級――之は少なくとも一つの集団である――の本質は階級意識にあるだろうか。もしそうならばプロレタリアはプロレタリア的階級意識さえ持たなければ、貧乏[#「貧乏」に傍点]しないで済む筈ではないか。――それにも拘らず、社会心理学者達は、群衆心理学乃至集団心理学に於て、群衆乃至集団に心的[#「心的」に傍点]――心理的乃至精神的――本質[#「本質」に傍点]を発見する。群衆心[#「群衆心」に傍点]又は集団心[#「集団心」に傍点](group mind)なるものがこの本質の――この実体[#「実体」に傍点]の――名なのである。
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* 群集[#「群集」に傍点](Masse)は単なる群衆[#「群衆」に傍点](crowd)であるばかりではなく又大衆[#「大衆」に傍点]をも意味する。そして大衆は必ずしも単なる集団(group)と
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