シづけられる根本的な一欲望に過ぎない。――ル・ボンの観念論的歴史観(乃至社会観)は、フロイトの群衆心理学によって、誠に遺憾なく、観念論的に補足[#「補足」に傍点]されたのを見ないか。だが一般にフロイト主義が個人心理学的方法による処の、即ち意識の分析から出発する処の、理論であった限り、群衆心理学に於けるこの不始末は初めから必然的であった。
吾々は社会心理学[#「社会心理学」に傍点]を一般的に語って来ながら、ル・ボンとフロイトとの研究を通じて、何時の間にか、群衆心理学[#「群衆心理学」に傍点]の問題に来て了った。実際、群衆心理学(又は集団心理学[#「集団心理学」に傍点])は、無論社会心理学の凡てではないが、その中心をなしている。
だが茲でも亦吾々は群衆(乃至集団)心理学なるものの科学的意図を検閲しなければならない――社会心理学の場合と同様に。夫は無論群衆乃至集団の心理学である、併し実はただそれだけではない。多くのそれは、群衆乃至集団を本質から云って第一義的に心理的[#「心理的」に傍点]乃至精神的[#「精神的」に傍点]なものと仮定し、そしてそこで初めて之を心理学的に記述又は説明しよう、
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