アのような命令・禁止を自分の規範とせねばならない負担を有っている。この場合の理想的自我はフロイトによれば自我理想[#「自我理想」に傍点]・超我[#「超我」に傍点]と名づけられる。超我の大部分も亦無意識にぞくする。――かくてエス・自我・超我の区別も亦、社会的なものの干与によって初めて与えられることを、今注意しておかねばならぬ。
意識・無意識の構造を有つ個人の精神は併し、衝動[#「衝動」に傍点]をその実質としている。衝動は欲望を充たすことによって快を得る。精神は快を追い不快を避ける本質を有つ、欲望の実現[#「実現」に傍点]が精神の根本傾向なのである(快感の原理[#「快感の原理」に傍点])。処が、この欲望は事実上必ずしも実現され得るとは限らない、否多くの欲望は抑圧され、多くの欲望の満足は延期されるのが事実の常である。それが是非とも実現され得るためには、これ等の欲望の直接な満足の代りに、その代用物の満足が求められることになる(実現の原理[#「実現の原理」に傍点])。――処でこのようにして、衝動乃至衝動の遂行を抑圧するものは他でもない社会の強制力であった。社会は自我を通じて、衝動を抑圧しそして
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