u社会」に傍点]と等価物であり、之に反して無意識[#「無意識」に傍点]の――少くとも抑圧されたる――一部分は非社会性[#「非社会性」に傍点]を有っている、と云っていい。
無意識に関してフロイトはエス[#「エス」に傍点]と自我とを区別する。前者は人間の精神の内にある非人格的な・生物学的な・深みを云い表わし、後者はこのエスの表面にあって、外界からの刺戟に対する抵抗壁の役割を有つ。エスは無意識であってその一部分がかの抑圧された無意識であり、自我はかかるエスの他の一部分を占めていてその限り無意識にぞくする。自我は併し、それだけではなく同時に前意識をも亦包括している。無意識的なものが意識的になることを抑圧するものは、とりも直さずこの自我なのであった。――抑圧の動力は、だから、自我に、個人に、存する。処がなぜ個人の自我は自分の精神にかかる抑圧を加えねばならなかったか。夫は他でもない、個人が単なる個人でなくて社会的[#「社会的」に傍点]存在でなければならぬからなのである。抑圧は個人の社会的存在の関数である。社会的存在とは併し、観念的なものとしては、社会秩序から来る命令・禁止の他ではない。で自我は、
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