T念自身とが担っている、今日の吾々の社会の必然的[#「必然的」に傍点]な歴史上[#「歴史上」に傍点]の負担なのである。

 ブルジョア社会の概念を社会そのものにまで一般化し永久化そうとする処の、ブルジョア的社会概念を、分析解体することによって、その反対物にまで導いたものは、マルクス主義の理論である。之によってブルジョア社会は、その内部的矛盾のために必然的に形態転換しなければならない処の、成長し且つ老いて行く一の生命過程として、特色づけられる。社会のこの過程の転換する諸要素間の差異関係であってこそ初めて、諸個人の意識内容の諸要素間のそれぞれの差異関係に、実質的に[#「実質的に」に傍点]結び付けられることが出来るのである。マルクス主義的社会概念――そしてこれは取りも直さずブルジョア社会を変革するプロレタリアのもつ社会概念であるが――であって初めて、社会は自分と意識(個人)との実質的な関係を見出すことが出来る。そうでなければ、高々、要するに社会は全体で個人(意識)は部分であるとか云うことが出来るに過ぎず、両者の関係は結局、全体と部分とかいうような空虚な隙だらけの容器に盛られて了う外はない。

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