@だが此の際、意識(個人)の概念も亦、マルクス主義によって、従来のものから根本的に変革されなければならない。従来の個人的意識[#「個人的意識」に傍点]はもはや此の際、そのままでは意識概念として役立たないことが見出される。意識は個人が持つことに疑いはないとしても、その個人が吾々によれば、もはや個人としての個人ではなくして、社会人としての個人でなければならない。そうすれば個人の意識も亦、もはや個人的意識としての個人意識ではなくて、何か社会的意識[#「社会的意識」に傍点]としての個人意識でなければならなくなる。そればかりではない、個人を主体とする代りに、却って個人を超越した何かの社会形態――階級とか身分とかその他の集団とか――を主体とするような意識も、そこでは考えられることが出来、或は考えられねばならなくなるかも知れない。意識は個人という鎖から切り離され、個人的意識[#「個人的意識」に傍点]の概念から離脱しなければならない。意識は、たとい夫が個人の意識[#「個人の意識」に傍点]であろうとも、個人的意識[#「個人的意識」に傍点]の概念によって把握されてはならない。意識は何かの意味で社会的意識[
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