熨纒\的なものであったと考えられる。個性的自由の有つ自己(自我個人的)意識――自覚――こそが、今日の意識概念の代表的なものである。意識とは今日、個人的意識[#「個人的意識」に傍点]を意味することが普通となっている、とそう一応云っておいて好い。
 処で恰も、この個人的意識[#「個人的意識」に傍点]が、かのブルジョア社会[#「ブルジョア社会」に傍点]に於て、特有に重大な役割を有っていることを注意すべきである。と云うのは、個人的意識の――個人の[#「個人の」に傍点]――自由はブルジョア社会にとっての、時には幸福な又同様に時には不幸な根本原理[#「原理」に傍点]として、意識されるからである。個人の利益は、時には見えざる手によって国家(common−wealth)――ブルジョア的共有財としての社会――の利益にまで導かれると考えられ、又時には之に反して、恐慌その他の形を取って社会に重大な不利益を齎すものと考えられる。ブルジョア社会は個人の自由を、個人的意識の自由を、要するに意識を、その原理として意識する。だからブルジョア的生活意識乃至世界観からすれば、それが社会とは個人――それが意識の所有者だと考
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