にこそ横たわる。自我の概念の起源は遠くルネサンスにまで辿ることが出来るが、ルネサンスに於けるヒューマニズムと呼ばれるものは、実は、人間性[#「人間性」に傍点]の発見だったのではなくて、個人[#「個人」に傍点]が中世的ギルドから解放されることを意味したのでなければならない。人間性とはかかる個人が発見された新鮮[#「新鮮」に傍点]さを云い表わすものに外ならない。ここでは人間は個性[#「個性」に傍点]あるものとして自覚される、工人は自由[#「自由」に傍点]な芸術家――之こそ個性の主人である――にまで向上したのである。意識は自我として、個人として、個性として、又自由として、自覚される。意識は要するに自己意識[#「自己意識」に傍点](自覚[#「自覚」に傍点])として登場した。之がやがて哲学的反省にまで齎らされると、ホッブズのアブソリュティズム(之は彼が個人の自由[#「個人の自由」に傍点]を余りに強く意識しすぎたことの結果であるとも云えよう)となり、デカルトの「コギト」・ライプニツの「モナド」・カントの「無上命令」等々となる。恐らくフィヒテの自己意識である「純粋自我」は、このような意識の概念の最
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