フは、可なり新しいことと考えられる。ギリシアの都市国家やローマ帝国はまだ自分に対する恰好な対立物を有たなかったが――、カエサルの国家の対立物はイエスの神の国[#「神の国」に傍点]にまで昇華して了った――、すでに中世末期のイタリヤ都市国家になれば、それは地上の神の国としての法王権に、意識的に対立しなければならなかった(ギベリニ党員ダンテの時代)。そしてやがて之等及びその他の新興封建諸国――諸王国[#「諸王国」に傍点]――は、最後に、それ自身の内からその対立物として、ブルジョア社会[#「ブルジョア社会」に傍点]を生み出すことによって、王国から資本主義的国家[#「国家」に傍点]にまで変質した(この変質が今日に至って完了したものが現在に於ける帝国主義の形態である)。だから国家から区別された社会[#「社会」に傍点]の概念は、フランス革命を契機として人々の意識に上ったと云わねばならぬ。そして今何より大事なことは、この社会の概念が、国家[#「国家」に傍点]と対立するところの社会一般[#「社会一般」に傍点]の名の下に、実は、ブルジョア社会[#「ブルジョア社会」に傍点]の概念を潜在意識していたということ
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