物語っていた通り、それだけ歴史的原理[#「歴史的原理」に傍点]を引き去るということを意味する(一般史は政治が中心となって記述されるという事実を注意せよ)。そしてそれは実はそれだけ社会的[#「社会的」に傍点]なもの――社会学[#「学」に傍点]的なものではない――を引き去るということを意味する。このような社会学は、他の点でどのように実践的[#「実践的」に傍点]であるように見えても、全体に於て根本的に非実践的であらざるを得ない筈である。何故なら、政治こそは最も具体的な媒介された実践の形態だろうから。コントの歴史哲学は少くともこの点に於て――彼の政治概念それ自身が非実践的であったことは別として――実践的・政治的であった。イェルザレムは然るにそうではない、彼に於てはコントに於けるだけの歴史的原理が結局何処へか行って了っている。
歴史的原理[#「歴史的原理」に傍点]の喪失・政治的実践の無視は併し、イェルザレムの論理[#「論理」に傍点]=真理の規定を極めて不充分なものとする。真理概念を規定していた一応実践的に見えるかの行動[#「行動」に傍点]なるものは、実は単に全く行動主義的[#「行動主義的」に傍
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