Pム達が明らかにしたのは、単に認識[#「認識」に傍点]がその歴史的発展過程に於て見られねばならないということにしかすぎず、その発展過程がどのような特定[#「特定」に傍点]の方向に向って行なわれるかをまだ必ずしも説明していなかったからである*。之に反して、イェルザレムに於てはこうである。人間の思惟は「社会的凝結」を以て始まる。人間は初め全く、その生活を従って又その精神を、社会によって束縛されたものとして有っていた。そこで、人間生活が群畜生活を抜け出す時初めて、社会的分化によって独立な人格が出来上る時初めて、人間はこの社会的凝結を抜け出て、事実と法則との客観的な認識を有つことが出来るようになるのである**。人間が社会的な束縛から解き放たれることによって初めて人々は理論的に物を考えることを学び、従ってこの時初めて凡そ科学なるものも成り立つことが出来る。このようにして社会的束縛から解き放たれることは併しながら、人間が孤立[#「孤立」に傍点]することを意味するのではない、人間は、個人的な独立[#「個人的な独立」に傍点]を得ることによってこそ、却って初めてコスモポリタン[#「コスモポリタン」に傍点
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