にあった筈だが、今は恰もこの歴史が結局、原理としては排斥されていた、優れた歴史的原理としての段階性は不問に付せられていた、からである。――人々は茲でも亦見るべきである、歴史的原理の不足は論理[#「論理」に傍点]の問題の不足を意味することを。
 単なる論理は真理と虚偽との論理的価値対立にまで、そして単なる社会は歴史的社会階級対立にまで、掘り下げられねばならない。それは論理及び社会という概念から云って已むを得ないことなのである。そうしなければ知識社会学の中核的な課題は掴めないのである。社会学的認識論は半途の知識社会学でしかない*。実際、そのことは、社会学的認識論のイデオロギー論からの逃避となって現われた。
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* デュルケムのテーマを広範に展開したものとして少くとも 〔Le'vy Bruhl〕 の名を挙げておくべきである(〔Les fonctions mentales dans les socie'te's infe'rieures〕 及び 〔La mentalite' primitive〕 其他を見よ)。
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 デュルケムの実証
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