ナあるが――を必要とする。それ故言葉は元来イデオロギーの性格を有っている。言葉は実際、この意味で言葉通りに修辞的であると云うことが出来る。修辞のイデオロギー性を明らかにしたのは、人間学の始めと称せられるアリストテレスの De Rhetorica であった。そこでは単なる論理的三段論法の代りに、政治的な修辞的三段論法とも云うべき Enthymema が分析される。
[#ここで字下げ終わり]
 だがこのように規定されたイデオロギーの概念はまだ甚だしく不充分であることを見ねばならない。観念の就中階級性格を有つものが優れた意味でのイデオロギーでなくてはならない、イデオロギーは政治――この歴史的原理――に関する。処でパレートにあっては、イデオロギーは単に主観的な政策[#「政策」に傍点]であって、歴史的な政治[#「政治」に傍点]的性格を有つ理由はまだ何処にもなかった。イデオロギーの論理的性質は、であるから、至極表面的なものに止まらざるを得なかったことは当然である。実際パレートは、どのようなイデオロギーがより虚偽であり又はより真理であるかを吾々に説明しない。どのイデオロギーも単に一個のイデオロギーと
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