学が具体的になればなるだけ、即ち歴史的原理を顧慮に入れるだけそれだけ、論理との関係が愈々益々問題となって来なければならない。この極めて判り切った今までの結論は併し、必ずしも充分の注意を払われてはいなかったようである。人々は抽象的に、歴史と論理とを相互に相遠ざかる二つの方向として対立せしめて片づけるのを常とする。処が恰も知識社会学にとっては、この両つのものの切り合う一点にこそ、問題の中核が横たわっているのであった。この問題の中核がそして、知識の「イデオロギー論」であった。吾々はこの中核に従って、次に、他の人々の「知識社会学」を性格づけて行くべき順序である。
 シェーラーの形而上学的[#「形而上学的」に傍点](一)な知識社会学は、主として実証主義的[#「実証主義的」に傍点](二)な夫に対立した。吾々は後に歴史主義的[#「歴史主義的」に傍点](三)な知識社会学を見ようと思う。この歴史主義的なものに対立しそして実証主義的なものからも又形而上学的なものからもみずからを区別する処の、自然主義的[#「自然主義的」に傍点](四)な知識社会学を吾々は持っている。ヴィルフレド・パレートのが夫である*。

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