ロギー論は、イデオロギーの論理学を含まずには成り立たない。何故なら、イデオロギーという概念それ自身がすでに、それが知識に関する限り、真理[#「真理」に傍点]と虚偽[#「虚偽」に傍点]との関係を離れては無意味だったからである。蓋し知識としてのイデオロギーの特色は、一定の理由で、真理だと思われているものが実は虚偽であったり、又は虚偽だと云われるものが却って実は真理であったりするような、歴史的弁証法的なものなのだから。

 マックス・シェーラーは彼の知識社会学から、歴史的原理[#「歴史的原理」に傍点]を完全に追放する。かくて階級性[#「階級性」に傍点]は無論のこと追放される。このことは併し、同時に、その知識社会学から論理[#「論理」に傍点]の問題を完全に閉め出すことを結果する。真理[#「真理」に傍点]・虚偽の価値関係[#「虚偽の価値関係」に傍点]は閉め出される。
 一般に知識社会学に於ては、歴史の否定は同時に論理[#「論理」に傍点]の否定を意味するだろう、それを吾々は今シェーラーに於て代表的に見たのである。

[#3字下げ]二[#「二」は小見出し]

 問題が知識の問題であるだけに、知識社会
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