社会科学のどこまでが科学であり何処からが哲学であるのか。
 シェーラーの絶対的な三種の知識の区別は、このようにして止揚される。

 コント流の知識三段階説に対するシェーラーの批判は無力に終ったかのようである。啓蒙期フランスの思想の一変容である実証的精神[#「精神」に傍点](esprit)は、人間的理性の過信・歴史的不合理性の否定・であり、之に反してドイツ的「精神」(Geist)は歴史の尊重を意味する、と普通考えられないでもないに拘らず、茲では関係が逆になって現われる。知識[#「知識」に傍点]が真理へ接近する過程に於て歴史[#「歴史」に傍点]が受け持つ役割は、少くともコントに於ては実証科学への推移として受け入れられているが、之に反してシェーラーに於ては却って斥けられる。真理[#「真理」に傍点]に対して歴史が持つ決定力、歴史的原理[#「歴史的原理」に傍点]は、シェーラーにあっては問題となることが出来ない。コントの思想自身がシェーラーによれば、歴史的発展段階[#「歴史的発展段階」に傍点]に相応するものでなくて、却って云わば何等か地理的分布[#「地理的分布」に傍点]に関わるもののようである。実
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