るものが、第一に吾々へ批評の糸口を与えているのである**。
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* シェーラーによれば現代は正に、此等三種の「精神の一面的な方向」を「平均し」「補欠」すべき時である。処が併し、そのすぐ後で、「総ての知識は終局に於て神性からの、神性に就いての、――従って神性への、神性のための、知識である。」(Scheler, Formen des Wissens und die Bildung, S. 38 f.)
** シェーラーはマックス・ヴェーバーに反対して、形而上学を単なる世界観から区別する。というのは形而上学は単なる世界観ではなくて Setzende Weltanschauung でなければならない、と云うのである。即ち彼は(自分の)形而上学的体系に対して、世界観説的な乃至は歴史学派的な懐疑をすら有たない([#横組み]“Weltanschauungslehre, Soziologie und Weltanschauungssetzung”[#横組み終わり] 参照)。
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 宗教はただ或る特殊の宗教思想系統にぞくする人々にとってのみ一
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