ハ(ショーペンハウアー等を見よ)。そうすることによって初めて、ドイツ文化もドイツ文化として蘇生出来ようというわけである。之こそドイツ文化社会学のカトリック的使命ではないか。――であるから、シェーラーによる文化の譲歩[#「譲歩」に傍点]は、実は却って、文化[#「文化」に傍点]の文明に対する勝利[#「勝利」に傍点]を意味する。精神は、例えば全く東洋の生活術の通り、物質に譲歩することによって物質に打ち勝つ。で結局、シェーラーの文化社会学――その内容は結局知識[#「知識」に傍点]社会学なのだが――は、ヴェーバーの場合と同じに、文明に対する文化の優越を説く処の、その名の通り、文化社会学でなければならない。
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* Probleme, S. 39 ff. ――シェーラーが、文化と文明とを如何に峻別したか、即ち宗教・形而上学と実証的知識とを如何に峻別したか、それが又如何に、反実証主義的・歴史主義的方向に於てであったか、などに就いては第五章を見よ。なお第四回ドイツ社会学会(一九二四)に於て、Wissenschaft und soziale Struktur と題
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